芭蕉堂店主ブログ 雖小居日録

映画「春夏秋冬くるぐる」

2011年 10月 21日 金曜日
BLOGカテゴリー: 映画

映画「春夏秋冬くるぐる」 2011 日本45分                                            監督 脚本 編集 日原進太郎                                                出演 松雪オラキオ 木田尊大 芦原健介 豊永晃太郎 

今年度ぴあフィルムフェステイバルの準グランプリ作品である、グランプリ作品は未見だが、入選作品17本中5本鑑賞したがこの作品がダントツに面白かった。時間なく監督のQ&Aが聞けず、そこで色々疑問は解決しているかもしれないが、まずタイトルから難しい。「くるぐる」部分である、「ぐるぐる」でも「くるくる」でもない、「くる」は漢字だと、「来る」「繰る」「刳る」となり、「ぐる」は「グルになる」の悪巧みをする仲間たち、ということになる。全てを含んでいるのだろうか?大学最終学年を迎えた4人の学生の、主人公の下宿を中心とした青春期の1年間の様子である。一人で住むには少々贅沢な下宿(六畳一間となっているようだが映像的には二階建て一階部分全て)で当然仲間は自然と居心地のよい所に集うようになる、映画作製としても非常に都合よく予算が掛からぬようラストシーン以外この下宿の外に出ることは殆んどない。日付のクレジットから、その一日の模様が繰り広げられる、それは社会的に特別な日(911、214など)もあるが仲間たちにとって理由があるようである。設定は10年位前だが、色々設備など除くと雰囲気としては20年位前の感じだ。春の花見から下宿に戻って来る所から始まる、昼酒を飲みすぎたのか、寝込む者、まだ足りない者、それぞれ勝手に振る舞い「来年は夜桜にしよう」など男4人の自然な流れとなっている。それぞれ4人の個性が面白い、家主の主人公、地方のイイトコのお坊ちゃんなのだろう、洗濯もきちんとまめにやり、部屋も綺麗に片付けられ、友達が汚しても文句言わないし、実家からクール便で色々送られても気前よく分けてしまう、仲間には必ずこの手が一人居るもの、でないと集団が維持出来ない。彼女との花火のデートが成立し、絶好調の仕草が気持ち良い、後日談がもっと面白い、仲間が「花火=セックスだろう、まして下宿まで来たんだろう、それは失礼というもんだ」と攻められる。観客も沸く。下手くそにいつもギターをつま弾く一人は突然ニューヨークに旅立つ、残った3人それぞれの日常はあるが、「出来ちゃった、生むつもりだ」と現実社会に呼び戻される者、取りあえず広告代理店に内定もらった者、それぞれが短くも楽しかった青春の終焉を迎え、主人公も実家へ戻る引越準備の中やっと自立に芽生え、戻ることを止め、立ち上がろうとする。ラストは日頃写していた8ミリ映像の画面が現れる。これが素晴らしく効果的で、まさに青春の日常をとらえていて、その輪郭のぼけた画面から本来映像の持つ暖かさが伝わってくる、全編8ミリでは現在受け入れられないだろうが「パート8ミリ」は、ほのぼのとした昭和を表現する媒体となるのではないか、決して生涯忘れることのない彼らの一時期を押し込めている。ほぼ一年のサイクルで終わっているが、「洗濯機」「扇風機」「換気扇」とその「クルクル」を象徴するようなシーンが組み込まれている。輪廻までは飛躍しすぎるだろうが、また新しいサイクルで生きて行くことになるのだろう。


 

 

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