芭蕉堂店主ブログ 雖小居日録

映画「これは映画ではない」

2012年 2月 16日 木曜日
BLOGカテゴリー: 映画

「これは映画ではない」This is not a film 2011 イラン75分

監督 ジャファール・パナヒ、モジタバ・ミルタマスブ ドキュメンタリー

 パナヒ監督は「白い風船」で1995年カンヌ映画祭でのデビューとなった、2006年「オフサイドガールズ」ではサッカーワールドカップのイランーバーレン戦の試合を見たい女性の熱望ぶりを通して、女性がスポーツ観戦をしてはいけないという、西欧、アジア他国では考えられない事実を伝えることで、イスラムにおける女性差別を表現していた。それらの作品は現体制に批判的であることで自国では公開されていず、また2009年の大統領選では対立候補を支持したことなどにより、監督活動を停止され自宅軟禁となった。審査員として決まっていたカンヌ映画祭にも出席できず、映画人達による大々的な釈放を求めた抗議活動となった。活動停止の内容は「海外へ出国してはいけない」「映画製作をしてはいけない」「面会者の制限」などで、その停止を犯してはいないことを検証しながらこの「作品」が始まる、三脚にセットされたカメラを自分でオンにして話し始める、頭の中にある映像を説明しだす、しかしそれを観客が想像して行くことは難しい、そのうち絨毯にテープを貼りながらセットの状況を示し出す、まだよくわからない。以前撮影した映像が出て来て、それは少女が撮影中「自分が知っていることを知らないと嘘つけない」と撮影途中でやめてしまうシーン、監督の気持ちを画面で代弁している。自分の携帯を使って家の中を撮影し始める、立派なマンションだ、イランでは監督業は恵まれているのか、壁一面の蔵書、そこをゆったり歩きまわるペットのイグアナ、綺麗なペルシャ絨毯、家中案内するように映し出す、その間面倒な電話のやりとりや、お隣さんは強引に犬を預けに来たり、留守番も楽ではない、仕組まれた出来事なのか不明だがグルグル奔放に変わる映像は飽きさせない、付け放ししのテレビに大震災の映像が流れている、「どきっ」とする、このように映像は全世界に流されたのだ。最上階のベランダ越しに見えるテヘランの大都会の町並み、巨大なクレーンが興味深く動き続けている、やがて薄暗くなり街中で繰り広げられる「火まつり」の喧騒が聞こえ火もあちこちに、見え始める、監督を撮影していたミルタマスブ監督がカメラを置いて帰ってしまう。玄関でブザーが鳴り、学生がゴミの回収を告げる、カメラを持ってそれに同行する、1階1階止まるエレベーターの中での回収合間のインタビューが続く、慌ただしい質問と回収作業が奇妙な間を作り不思議な緊張感を醸し出す、やがて地上に着き、外に出掛かるがその青年に「捕まりますよ」と注意され玄関外の「火まつり」を映し出しながら映画は終わる。            

恋愛でもそうだ、親に反対されれば、会うことを妨げられる程燃え上がり思いは募る、正にパナヒ監督はその火中にあり、その思いが単純な、しかし重みのある映像の端々に滲み出ている、通常の作品でもそうだが製作側の熱情が画面に反映するものであり、それは観客にも伝わる。「作ってはいけない」という、致し方ない手枷足枷の窮地が小品傑作「これは映画ではない」を生み出した。その立役者はイラン政府という事になるかもしれない。

昨年度フィルメックス招待作品「奪命金」のジョニー・トー監督は閉会式セレモニーに参加出来ないため、メッセージを送ってきた、それは監督自身がカメラを三脚でセットする準備から始め、おもむろにカメラに向かって語り始める、明らかにパナヒ監督への賛辞を示しており、応援メッセージとなった。


 

 

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