芭蕉堂店主ブログ 雖小居日録

映画「占い師」

2012年 6月 21日 木曜日
BLOGカテゴリー: 映画

映画「占い師」算命 Fortune Teller 2019 中国 129分

監督 徐童 ドキュメンタリー

出演 厲百程 石真珠 唐小雁

 前作の「収穫」で徐監督は、地方の農家の娘が、父の肝臓病の入院費を稼ぐために近隣の都会の散髪屋に出稼ぎに出るが、実は風俗業であり、その様子をカメラは真正面から捉え、克明に描写した。上映後のQ&Aで「彼女たちの顔が鮮明に撮られていて問題ないのか?」の質問に「中国で公開されることはなく、また中国は広いので彼女たちの知り合いがこの映画を見ることは殆どあり得ない」との答えに驚いたのを覚えている。

 同監督第2作品である。足に不自由のある占い師、厲百程と脳に障害を持つ妻、石真珠の夫婦の話である。章回体小説の形態をとっていて、各章毎その内容の概要をタイトルで示して始まる、例えば「春節、夫婦故郷に戻る」など丁寧な事に日本語であり、随所に登場し表示される。何故か「野菊の如き君なりき」のモノクロ映像が甦る。

 場所は北京の近郊であろうか、そこで占い業を営む夫、個性強く主張は客を圧倒するのか、占いもよく当たるらしく、近所の同様な境遇の庶民(中国語では「遊民」)がやってくる、唐小雁もそんな一人で迷っては占いを、よく見てもらいに来る、そして運命鑑定というよりは、人生のアドバイスとも思える忠告を聞いて自分の糧としている。彼女は実はマッサージ店と称して風俗業のママで、何人か女の子をかかえて商売をしている、そんな彼女へカメラの焦点は移動して行く、男に一歩も引けを取らない中国女の力強さを発揮し、問題を起こしたのは内縁の夫だったのか、常連の客なのだろうか、凄い勢いで暴力も辞さない奮闘ぶりで、なじり、こづき、男は退散してゆく。その周辺には、気の置けない人々ばかりで不自由な生活の二人に優しい声を掛ける、そして夫も健常生活の出来ない妻に対し献身的に面倒を見ており、本来の介護や扶助の在り方を考えさせられる。制度や金銭を介在とした介護方法はどんなに豪華で親切であれ限界があり、人間同士の本来の関係が介在する事とは程遠く、返って弱者同士の関係の方が心も血も伝わる気がし、夫の人生に対する確固とした自信も滲み出てきて、この夫婦の関係の素晴らしさを実感させられる。春節に妻の実家に戻るシーンがある、兄夫婦が住んでいて妻はそこで虐待を受け益々精神を悪くした、その動物の檻のような小屋を「ここで妻は暮らしていた」と言って示す。そこに兄夫婦への恨みは存在しないし、親族での平穏な食事風景の映像が続く、故郷での仲の良かった路上生活者と会って昔を懐かしみ寒さも共有する、過去へのこだわりとか、未来への不安を微塵も感じさせずに、現在の「時」が刻々と確実に表現されてゆき、そこを徐監督は普通の目線で捉えてゆく、時には若い女性との金の交渉場面も入り、そこでは監督との少々倹悪な会話もシーンも織り込まれ監督自身も画面上に介在せざるを得なくなる。そしてラストには唐ママは売春容疑で捕まり留置場へ、そして「その後は行方不明」とのテロップ、ところが各国の映画祭の上映には監督に付き添う形で登場し、監督以上に質問が寄せられ、逞しく、しかも可愛く受け応えし、喝采を浴びている。

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映画「これは映画ではない」

2012年 2月 16日 木曜日
BLOGカテゴリー: 映画

「これは映画ではない」This is not a film 2011 イラン75分

監督 ジャファール・パナヒ、モジタバ・ミルタマスブ ドキュメンタリー

 パナヒ監督は「白い風船」で1995年カンヌ映画祭でのデビューとなった、2006年「オフサイドガールズ」ではサッカーワールドカップのイランーバーレン戦の試合を見たい女性の熱望ぶりを通して、女性がスポーツ観戦をしてはいけないという、西欧、アジア他国では考えられない事実を伝えることで、イスラムにおける女性差別を表現していた。それらの作品は現体制に批判的であることで自国では公開されていず、また2009年の大統領選では対立候補を支持したことなどにより、監督活動を停止され自宅軟禁となった。審査員として決まっていたカンヌ映画祭にも出席できず、映画人達による大々的な釈放を求めた抗議活動となった。活動停止の内容は「海外へ出国してはいけない」「映画製作をしてはいけない」「面会者の制限」などで、その停止を犯してはいないことを検証しながらこの「作品」が始まる、三脚にセットされたカメラを自分でオンにして話し始める、頭の中にある映像を説明しだす、しかしそれを観客が想像して行くことは難しい、そのうち絨毯にテープを貼りながらセットの状況を示し出す、まだよくわからない。以前撮影した映像が出て来て、それは少女が撮影中「自分が知っていることを知らないと嘘つけない」と撮影途中でやめてしまうシーン、監督の気持ちを画面で代弁している。自分の携帯を使って家の中を撮影し始める、立派なマンションだ、イランでは監督業は恵まれているのか、壁一面の蔵書、そこをゆったり歩きまわるペットのイグアナ、綺麗なペルシャ絨毯、家中案内するように映し出す、その間面倒な電話のやりとりや、お隣さんは強引に犬を預けに来たり、留守番も楽ではない、仕組まれた出来事なのか不明だがグルグル奔放に変わる映像は飽きさせない、付け放ししのテレビに大震災の映像が流れている、「どきっ」とする、このように映像は全世界に流されたのだ。最上階のベランダ越しに見えるテヘランの大都会の町並み、巨大なクレーンが興味深く動き続けている、やがて薄暗くなり街中で繰り広げられる「火まつり」の喧騒が聞こえ火もあちこちに、見え始める、監督を撮影していたミルタマスブ監督がカメラを置いて帰ってしまう。玄関でブザーが鳴り、学生がゴミの回収を告げる、カメラを持ってそれに同行する、1階1階止まるエレベーターの中での回収合間のインタビューが続く、慌ただしい質問と回収作業が奇妙な間を作り不思議な緊張感を醸し出す、やがて地上に着き、外に出掛かるがその青年に「捕まりますよ」と注意され玄関外の「火まつり」を映し出しながら映画は終わる。            

恋愛でもそうだ、親に反対されれば、会うことを妨げられる程燃え上がり思いは募る、正にパナヒ監督はその火中にあり、その思いが単純な、しかし重みのある映像の端々に滲み出ている、通常の作品でもそうだが製作側の熱情が画面に反映するものであり、それは観客にも伝わる。「作ってはいけない」という、致し方ない手枷足枷の窮地が小品傑作「これは映画ではない」を生み出した。その立役者はイラン政府という事になるかもしれない。

昨年度フィルメックス招待作品「奪命金」のジョニー・トー監督は閉会式セレモニーに参加出来ないため、メッセージを送ってきた、それは監督自身がカメラを三脚でセットする準備から始め、おもむろにカメラに向かって語り始める、明らかにパナヒ監督への賛辞を示しており、応援メッセージとなった。

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旅行「松山劇場」

2012年 1月 18日 水曜日
BLOGカテゴリー: 旅行

旅行「松山劇場」

野球の話ではない。四国松山「坊ちゃんスタジアム」でプロ野球公式戦でどんなデッドヒートの熱戦が繰り広げられようとも、翌日のスポーツ新聞に「松山劇場の熱戦」と見出しの付くことはない。何故ならば松山に「松山劇場」は既に存在しているからである。

 昨年末四国松山を訪れる機会があった、大街道からブラブラ歩くと珍しく役者名の入った登り旗が翻り、その6階に劇場があることがわかった。詳しいことは何もわからず、エレベーターで上へ、本日「芝居の日」均一千円との貼り紙、昼の12時開演ですでに2時間経っていたが残り1時間あり途中入場も可能とのことで入った。200人程椅子席が並び、7割位埋まった客の中に座る。大衆演劇常設劇場であった、本日は「劇団蝶々」座長、中野弘次郎の公演である。埋まっている席の九割は女性、そのまた九割は七十歳以上と見られ、その熱気が伝わってくる、音が流れ始める、司会の名調子で座長 中野弘二郎が紹介される。本日特集の「美空ひばり」の唄が流れ始め、女装姿の「おかめ」二人と男装姿の「ひょっとこ」三人の踊りが始まる。そして以降「ひばり」の曲に合わせて座員十数名が入れ替わり、粋な男衆や妖艶な女形の和装で登場する、会場はざわざわすることなく舞台に見入っており、時には後方の席から走り寄り、踊っている男優の着物の襟に札を捻じりこむ、夢見心地なのだろう、上気した顔が可愛い。選曲も素晴らしい、「人生一路」「おまえにほれた」「なつかしい場面」「みれん酒」と踊りに似合う渋い曲から有名曲「愛燦々」「川の流れのように」「乱れ髪」など次々と替わり、座員も曲により交代してゆく、「柔」「悲しい酒」と往年のヒット曲となり、そこでハッとしてタイムスリップに陥る、何十年前になるか場末の劇場での「ストリップショー」が浮かび上がる、にきび面で目を輝かせながら舞台に見入っていた頃のことを。しかし正に逆転しているのである、当時舞台は「おばさん」が和服一枚一枚脱いでゆきそれを若い男たちが見入る、ここでは若い男たちが舞台で見えを切り、それを「おばさん」が見入るのである。そこに同じ「ひばり」の曲が流れている。「日本」を感じる一瞬であった。1時間ほどでフィナーレとなり客席に何か投げ込まれ競って拾うと、座長のポートレートのついたポケットテッシュだった。前半2時間の内容は「舞台劇」だったのか不明だが、3時間十分楽しませ、千円とは芸能の原点を見る思いがした。1階の出口では座長をはじめ座員が御礼に並び、またの御入場をお願いしている。

 検索サイトで「大衆演劇」を見ると全国に何か所も専用劇場が紹介されている、ホテルなどのイベントとしても開催しているようである、大阪通天閣界隈の「朝日劇場」「オーエス劇場」は以前観劇したことがあり、同じような構成で地元婦人たちを楽しませており、劇団の方はそれらの劇場に月単位で移動して公演しているようである、旅の一つの楽しみとして加えるのも一興である。

 もうひとつ付け加えたい、その同じビル2階にある映画館「シネマルナテック」のことで、昨近ショッピイングモールに併設されたシネマコンプレックス全盛の時、「名画座」として孤軍奮闘している。160席ほどの小さい館内だが、まず最初に驚くのは、座席全てに手作りの座布団が置いてある、模様がそれぞれ違っているのでそれとわかり、見るからに温かみのある光景が飛び込んでくる、館長一人で経営しているのか、ポスターや販売している書籍などに個性があるし、上映ラインナップにも表れている、タイムスケジュールも少々複雑で、当日(昨年12月23日)では午前11時「海洋天堂」1時「未来を生きる君たちへ」3時「お家をさがそう」5時はまた「海洋天堂」となっている、従って1日で3本見ることも可能で、その際「はしご割引」料金も設定されており2本目以降は千円で鑑賞できる。当然回数券も用意されている、映画好きにとっては堪らない映画館で近くにあれば日参したくなる程だが、残念なことに私が見た回は5名の観客であった。是非この火を消すことなく頑張って続けていただきたい。4階の映画館「湊町シネマローズ」は現在休館中である。

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映画「警察日記」

2011年 12月 2日 金曜日
BLOGカテゴリー: 映画

映画「警察日記」1955 日活111分
監督 久松静児
出演 森繁久弥 三國連太郎 三島雅夫 十朱久雄 織田正雄 殿山泰司 宍戸 錠 伊藤雄之助 東野英治郎 左 卜全 多々良純 三木のり平   稲葉義男 高品 格 二木てるみ 小田切みき 岩崎加根子 坪内美子  飯田蝶子 沢村貞子 千石規子

想像してしまう、この映画が公開されていた頃の映画館の様子を。昭和30年、映画が娯楽として最高潮に達していたころ、テレビ時代はすぐそこまでやって来ているが、街に何軒もある映画館はどこも超満員、1週間で入れ替わる作品を見逃すまいと沢山の観客が押し寄せる。立ち見で押し合い圧し合い立錐の余地も無い、入りきれない観客は閉まらないドア越しに一部しか見えない画面と聞こえる音声に集中して何とか楽しんでいる。皆が画面に集中し、館内が一体となり、緊張し、興奮し、爆笑し、ホットしたり、涙ぐんだり、怒ったり、地面は揺れ、建物が傾ぐようだ、そして「終」或いは「完」のエンドマーク後、明るくなった館内は上気した顔で溢れ、次回上映の席取りで騒然となる、この「警察日記」もそのような中で上映され、家族皆で楽しめる映画としてヒットした筈だ。私も親に連れられ見ているかもしれない。この出演者の豪華な顔ぶれが凄い、戦後映画界を支えた男優女優達で、映画の内容から飛びきりの美人女優は登場しないが、宍戸 錠はこの作品がデビュー作で美男子ぶりは後の「ジョー」からは想像出来ない、そして何といっても、この映画のヒロインは5歳の二木てるみである「赤ひげ」での新人女優としての名演技の印象が強かったが、それは此の頃から既に培われていたものとわかる、顔付も殆ど変わらず5歳の面影を後々まで残している、その可愛らしさは多くの特に母親たちに印象を強くしたに違いない。

映画は東北福島のある町の警察署を舞台にした、戦後10年たった住民たちの生活ぶりである、敗戦の痛手から立ち直り、女性の地位向上、社会進出も進み、経済的にも復興し始めて来ているが、その潮流に乗り遅れた不幸な弱者たちも多い、そんな人々の混乱した生き様が警察署を舞台に繰り広げられる。二木てるみは赤子の弟ともに捨て子として保護されるし、岩崎加根子は「くちきき」屋に騙されて紡績工場へ行く前に保護される(実際は彼女もグルで「おとり」のようなのだが)そして軽犯罪の殆どが極貧からの食べることにも事欠く状態を要因とした窃盗であったり、無銭飲食だったり、詐欺だったりで時代背景を反映している、そこに好演している幼い子供が絡んでくれば「お涙頂戴」の悲劇にもなり、しんみりした人情話となる。また一方で強者の中心は商家の次男坊が県議会議員となり地元に凱旋し、芸者をあげての歓迎会となる、警察署も含めた行政の対応ぶりも街をあげての接待となり、ついこの間まで続いていた慣習は此の頃根付いたようだ。経済的に豊かになっていることも、そして観客に豪華さを示すことで元気になってもらいたい主旨も織り込まれている。戦前の「特高」的イメージの警察機構の払拭も重要なテーマであろう、親切この上ない署長を中心とした幹部巡査の人情味あふれた対応とそれを見る若い巡査の眼差しが将来の希望にも繋がり、素晴らしい時代の到来を示しており、最後には駄目押しのように、新設なった自衛隊入隊のシーンを加え、一気に高度成長へ進むことになる。十年間が戦後の節目となったのか、当時の様々な現象を網羅しており、社会派映画台頭の反面での娯楽家族映画の集大成の作品となっている。昭和30年「キネマ旬報」日本映画ベスト・テンでは「浮雲」「夫婦善哉」「野菊の如き君なりき」がベスト3で「警察日記」は第5位だった。

 

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映画「密告者とその家族」

2011年 11月 16日 水曜日
BLOGカテゴリー: 映画

映画「密告者とその家族」The Collaborator and His Family
1911年  米イスラエル仏84分
監督 ルーシー・シャツ アデイ・バラシュ  ドキュメンタリー

山形ドキュメンタリー映画祭今年度グランプリ受賞作品である。監督夫妻訪日の予定であったが、家庭事情により来日出来ず、残念なことである。
作品は中東パレスチナ自治区においてイスラエルへの情報を流すいわゆる「密告」していたことがパレスチナ自治区側に発覚しイスラエルへ逃げて来た家族の話である。「密告者」として発覚すると国や仲間から家族を含めて即刻収監や殺害されてしまうことになる、仲間への裏切りは決して許さない法治を超える長い間の民族の掟である。主人公の父親はやっとの思いで脱出し、家族も後に合流する。しかしイスラエルでは受け入れることはするが、その家族に滞在許可証を発行しない、パレスチナを去った「情報提供者」はお払い箱なのである、妻と男の子3人幼い娘が2人、粗末な部屋で何とか生活している。不法滞在者に対する、子供たちの学業の問題や、生活関連の行政の対応はどのようになっているのか不明部分は多いが、何の保証もない生活は過酷である、収入は家賃取り立て代行のような仕事で得ているらしい、子供たちが学校に通いだしても、楽しく集える場所とは程遠く、昼間街を徘徊するようになるとそこにはイスラエル警察の尋問や新たな「密告者」への誘いの罠が待ち受けている。夫婦仲もそんな過酷な生活の中、歪みも生まれ、DV嫌疑で夫の方は妻及び家族と同居することを禁止され、もっと酷い部屋での生活を強いられる、只この決定がどの当局の判断でなされたのか疑問は残る、不法滞在者としての存在でも夫婦仲の問題を取り扱えるのだろうか?誰がどこに訴えたのだろう?しかしそんな生活が子供たちを含め続いていても、父親を中心とする家族の絆は、その厳しい環境がより強くさせるのか、結局家族しか拠り所がないからか、強い力で結ばれている、父親の誕生日には大きなケーキで皆が祝い、現状を忘れさせる程の素晴らしい笑顔でお祝いする。そこには世界共通の子供たちの純粋な瞳の輝きを見ることが出来る。故郷に帰りたいが、そこには死か監獄しかない、異国での根なし草の生活はどこまで続くのか、自国喪失を受け要らざるを得ない中、その生活している異国への恨みもまた次世代へと繋がってゆく。               イスラエルの建国60年位になるが、その新しい国を守る力、それを脅かす存在への強い抵抗は人道を超えることが多い、特にパレスナ自治区への攻撃は治まることを知らない、四方敵に囲まれる中、手段を選ばず行われる、この「密告制度」も国際法上許される筈なく、最近では国連への加盟承認に対しても様々な合法的報復を声明しているし、ユネスコ加盟に関しても同様である、頼りは全世界各地での力を確保しているユダヤ人であり、その中心は米国でありイスラエルに何事も同調している。遥か極東の地でそのことにコメントするのは難しい問題だが、ユダヤ人が受けた紀元後の迫害の歴史、第2次大戦でのホロコーストで有史最大の悲劇を経験し、その受けた民族的な痛みは過剰防衛の自己保身となる。長男が語る「腕に鉄十字章の刺青をして、ユダヤ人に誇示したい」様々な脅しや誘惑の中、父親の道をまた歩むのか、逆の自爆の道に進むのか悲劇は終わりそうにない。

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映画「春夏秋冬くるぐる」

2011年 10月 21日 金曜日
BLOGカテゴリー: 映画

映画「春夏秋冬くるぐる」 2011 日本45分                                            監督 脚本 編集 日原進太郎                                                出演 松雪オラキオ 木田尊大 芦原健介 豊永晃太郎 

今年度ぴあフィルムフェステイバルの準グランプリ作品である、グランプリ作品は未見だが、入選作品17本中5本鑑賞したがこの作品がダントツに面白かった。時間なく監督のQ&Aが聞けず、そこで色々疑問は解決しているかもしれないが、まずタイトルから難しい。「くるぐる」部分である、「ぐるぐる」でも「くるくる」でもない、「くる」は漢字だと、「来る」「繰る」「刳る」となり、「ぐる」は「グルになる」の悪巧みをする仲間たち、ということになる。全てを含んでいるのだろうか?大学最終学年を迎えた4人の学生の、主人公の下宿を中心とした青春期の1年間の様子である。一人で住むには少々贅沢な下宿(六畳一間となっているようだが映像的には二階建て一階部分全て)で当然仲間は自然と居心地のよい所に集うようになる、映画作製としても非常に都合よく予算が掛からぬようラストシーン以外この下宿の外に出ることは殆んどない。日付のクレジットから、その一日の模様が繰り広げられる、それは社会的に特別な日(911、214など)もあるが仲間たちにとって理由があるようである。設定は10年位前だが、色々設備など除くと雰囲気としては20年位前の感じだ。春の花見から下宿に戻って来る所から始まる、昼酒を飲みすぎたのか、寝込む者、まだ足りない者、それぞれ勝手に振る舞い「来年は夜桜にしよう」など男4人の自然な流れとなっている。それぞれ4人の個性が面白い、家主の主人公、地方のイイトコのお坊ちゃんなのだろう、洗濯もきちんとまめにやり、部屋も綺麗に片付けられ、友達が汚しても文句言わないし、実家からクール便で色々送られても気前よく分けてしまう、仲間には必ずこの手が一人居るもの、でないと集団が維持出来ない。彼女との花火のデートが成立し、絶好調の仕草が気持ち良い、後日談がもっと面白い、仲間が「花火=セックスだろう、まして下宿まで来たんだろう、それは失礼というもんだ」と攻められる。観客も沸く。下手くそにいつもギターをつま弾く一人は突然ニューヨークに旅立つ、残った3人それぞれの日常はあるが、「出来ちゃった、生むつもりだ」と現実社会に呼び戻される者、取りあえず広告代理店に内定もらった者、それぞれが短くも楽しかった青春の終焉を迎え、主人公も実家へ戻る引越準備の中やっと自立に芽生え、戻ることを止め、立ち上がろうとする。ラストは日頃写していた8ミリ映像の画面が現れる。これが素晴らしく効果的で、まさに青春の日常をとらえていて、その輪郭のぼけた画面から本来映像の持つ暖かさが伝わってくる、全編8ミリでは現在受け入れられないだろうが「パート8ミリ」は、ほのぼのとした昭和を表現する媒体となるのではないか、決して生涯忘れることのない彼らの一時期を押し込めている。ほぼ一年のサイクルで終わっているが、「洗濯機」「扇風機」「換気扇」とその「クルクル」を象徴するようなシーンが組み込まれている。輪廻までは飛躍しすぎるだろうが、また新しいサイクルで生きて行くことになるのだろう。

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食べること「スローフード」(3)

2011年 10月 3日 月曜日
BLOGカテゴリー: 食べること

食べること「スローフード」(3)

魚介類の登場である、貝は比較的食べ易い、二枚貝は生であれば開けるのに苦労するが、牡蠣を食卓で各自開けながら食べる情景は想像できない、事前に開いた状態で供せられる、殆どが熱を加えることで開き簡単に食することが出来る、巻貝は茹でたり、煮たりして食べるが楊枝を刺してくるっと回せばうまく取れる、慣れれば先の肝部分まで簡単に取れるようになる。ここで箸のことについて、起源は中国のどこかと思うが(殷の紂王は象牙の箸を使っていたとか?)現在使用している民族は中国、韓国、日本位であろうか、タイではソバとともに箸が入ってきたらしい、想像するに、魚食文化と箸の使用術の巧み化は関連しているのではないか、中国、韓国の箸はものを挟むというよりかき寄せることが多い、従って先はとんがっていない方が使いやすい、逆に細かいものを掴むには向いていず、日本人は旅行時に使いづらさを経験する。日本は動物性蛋白質を主に魚から摂ってきた、貴重な魚は完食が必要であり、それは煮たり、焼いたりすることで実現し、食べる側として高度な箸捌きが必要となった、箸と魚料理の相互のせめぎ合いが今日の魚食文化を生み出し、世界に誇る箸文化も完成した。そして昨今の洋食器の普及で家庭にて箸の使い方を徹底して教えることが出来なくなり、従って魚を上手に食べられなくなり、双方が衰退してゆく過程にあるのではないか。刺身や鮨は日本の専売特許ではなくなり世界中で食されている、切り身となった魚やそれを乗せた鮨を箸を使って危なっかしく摘む映像はよく見受けられる、日本でも刺身や切り身の煮魚、焼き魚は骨を除去した状態で多くの学校給食、老人ホーム、社員食堂、定食屋で食べられている、基本的に日本人は魚が好きである、ただ骨が付いていると食指が滞る、魚売り場でも刺身に比べてその余った部分の「アラ」は極端に安い値段で売られている。そこでこの骨付き魚を上手に食べることの勧めである。まず箸を上手に使いこなさなければ、フォークでは難しい、先ず焼き魚、大きな魚は骨に煩わされることなく簡単に食べられるが、骨近くの身が一番美味しく、丁寧に骨を退けながら身を取り出す、その時間の経過が食べたい意欲を体にもたらし、唾液も活発となり早食いの抑制となり体にとって都合がよい、口の中の骨を選り分ける作業がまた脳の活性化と注意力がボケ防止となってアンチエージングにも繋がってゆく、煮魚はもっと顕著であり、頭、鎌、尾と煮れば全てを骨と格闘しながら食することになる。良く言われる動く部分が一番美味い、昔の人はあらかた食べた後お湯をかけズズーっと飲み、骨だけの姿に猫は仕方なくそっぽを向いたとか。この食し方も60歳からでは間に合わない、若い時のスキルの習得の一つに加えたい。面倒この上ないグルメの最高品があるが、またに譲りたいそれは蟹である、特に毛蟹である。

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食べること「スローフード」(2)

2011年 8月 26日 金曜日
BLOGカテゴリー: 食べること

先代より言われてきた、「よく噛んで食べなさい」「お米は八十八と書くでしょ、88回噛んでから飲み込みなさい」確かに胃に負担がかからず、よく噛んで唾液を混ぜて食べるに越したことはない、だが現実にはそう沢山噛んではいられない。それでは食べることが難しい食品であればどうだろう、多くの人達はそれらを、食べにくいと敬遠し、「食べてやろう」との努力もせず、そんな食品に関わる程ゆっくりした時間はないと、安易な食品に向かってしまう。とても食べにくい食品の勧めである、食するにはそのものが好きでなければいけないし、日頃食べるために訓練しなければ、いきなり美味しく上手には食べることは出来ない、還暦過ぎて食べたいと思ってももう遅い、とても面倒で、食べることが可能な部分を多く残すことになってしまう。それは殻付きであり、骨付きであり、食用可能部分以外の捨てる部分の多い食品の勧めである。野菜系の殻付きは比較的やさしい、枝豆は皆、殻付きを食べるでしょう、蚕豆、落花生、中国産ではカボチャ、西瓜などの種、それぞれ中身だけのものも販売されているが、殻付きの方が美味いし、食べるときの不便さが唾液の増加を招き、手で剥く手間が指の先の活性化に繋がる、中国人の種を口の中でより分ける技術は真似出来ないが、舌、歯、顎の運動には十分寄与しており健康にとっても大事な作業である。肉はどうだろう、大きな動物は肉部分が多く、鯨や牛や豚は比較的食べ易い、スペアーリブの骨にしっかり付いた部分や、テールシチュウが少し面倒になってくる、ここでお勧めは「豚足」である、和食には登場しないが、中華、韓国、西洋料理にはよく出てくる、アイスバインは少し太股に近くなるし骨も少ないが高級料理である、豚足は中に細かい軟骨や骨があり、丁寧に全て除去してある高級料理は別として、手間のかかる作業を経て口の中に入る、焼いたり蒸しただけの韓国系であればより難しい作業となる。フォークや箸では食べられず手掴みで食べることになる。次は鶏肉、ナゲット主流となってしまい、鶏はこの食べ方しか知らないとか、唐揚げでも骨付きだとびっくりしてしまう子供も多い。「手羽先」がお勧めである、最近名古屋の名物として上京し食材に並ぶことが多くなったが、腿肉の先の部分に旨味が凝縮している、唐揚げや煮込みにして、うまく2本の骨を分離して食べる。その先部分「手羽先先」はもっと大変、先端の細かい骨も選別しなければならなくなる、全て取りきる事は不可能でどこで妥協するか、手先、舌、歯の運動成果を確認して終了する。日本では殆ど食べられることはないが、香港や中国、東南アジア他の国々では、足の先も食べる「もみじ」と呼ばれる部分で黄色い鱗状の模様が付いていて、その薄皮部分を引きはがすように食べる、とても安価なメニューとなっていて庶民のビールの肴になっている、日本での膨大な量の「鶏足」はどこに行っているのだろうか?(以下次号)

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食べること「スローフード」(1)

2011年 8月 8日 月曜日
BLOGカテゴリー: 食べること

食べ物「スローフード」(1)                                     「スローフード」の語源は当然「ファーストフード」への対抗として出てきた言葉であり、発祥は80年代半ばイタリア、ローマのスペイン広場に「マック」が開業したことで、危機感が生まれ、ピエモンテ州「ブラ」の町で「スローフード」運動が始まったとされている。96年には「守る」「教える」「支える」として伝統的な食材・酒などを守り、子供たち等に味の教育を進め、小さな食物生産者を支えることを提唱している。そして現在世界各地でそれぞれの主張を持ちながら活動が続けられている。一方「ファースト」の意味は当然早く食べることを前提としてはいるが、大部分がオーダー後いかに早くその料理を「差し出す」ことが出来るかの「早く」のことで、早く「食べる」ことより強いだろう。今回の話題は早く「差し出す」ことの逆ではなく、早く食べることが出来ない食品の勧めである。昨今の食品は子供にもお年寄りにも食べやすく懇切丁寧に作製されており、快適に食事をスムーズに取ることが出来る、栄養バランスも加味されており食品としては完ぺきの形をしている。それは学校給食にも介護施設の食事にも反映され、栄養を吸収するという食べることの最低限の要求は満たしている。しかしそれは養鶏場の餌、動物園の飼育同様、本来の生物の持っている本能からは離れており、食べる行為は生物にとって一番重要であり、人間にとっても最重要行為であり、人類発生以来1日の多くの時間をそのことに費やしてきた。しかしこの何万年かの間に人間の咀嚼能力はどの位退化してきたのであろうか、歯によって生肉を引き千切れる人は数少なくなっているだろう。何事も必要が能力を高めるわけで、逆に不必要となれば退化してゆくのが道理、この50年の食料に関する生産、供給、加工、調理の発展は人類生存を大いに助けたが、一方で、自然界の中で単独で生きて行く能力を衰退させてしまった。様々なレトルト、冷凍、インスタント食品が巷にあふれ、栄養的にはともかく飢える状況ではない、味や食感、作製時間、など至れり尽くせりで電子調理器、トースター点火時間など事細かに指定されそれなりの食事が簡単に出来る、また都合のよいことに全てが食べつくせる食材で出来ていて、パッケージ以外に不要物は生まれない。ここで問題なのは食べる事が出来る食物を廃棄することだが、以前にそのことには触れた。(映画「ありあまるごちそう」)一方この50年豊かさとスライドして食に関する追及は絶え間なく、街々のレストランは日に日に美味しくなりその発展は眼を見張るばかりの状況だし、その延長の家庭料理も各家庭において日々の研究を重ね、プロ顔負けのカレーを食す家庭も少なくない。そんな状況の中で如何にゆっくり、丁寧に食べるかの勧めである。(以下次号)

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映画「トゥルーグリット」

2011年 7月 15日 金曜日
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映画「トゥルーグリット」True Grit 2010米国110分                       監督 ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン 原作 チャールズ・ポーテイス                     ジェフ・ブリッジス、マット・ディモン、ジョシュ・ブローリン

気丈で聡明、口から発せられる言葉は14歳の少女らしからぬ敵格さとウィットに富み、おじさんやエリ-トを困惑させ、商売の駆け引きにまで打ち勝ち、荒くれ男の世界に飛び込み、タフな精神力で「父の敵撃ち」の目的を達成したマテイーを、見事演じているのだが、この映画の主人公は、そのジョシュ・ブローリンではない。「クレージー・ハート」では腹の突き出たアル中ミュージシャンを見事に演じ、「どうしたら娘のような女性から愛されるになるか」を中年男に示し喝采をあびたが、今回酒量は倍になり、騎乗もままならない中年保安官を演じ、ギターをピストルに変え、新宿署の、ヤクザと区別のつかない刑事のように、殆ど極悪人のような立ち居振る舞いだが、長年の経験則は現場で見事発揮され確実に悪い奴は殺す、だがそのジェフも主人公にはなれない。日本では桜田門のSPに例えればよいのか、どこの大きな組織にもこの手はいるのだが、警察畑のエリート、テキサスレンジャーで、高所から判断を下す様は権力と地位と能力を併せ持ち、自分中心に世界は動いていると信じ、その高慢な役をマット・ディモン、ピッタリはまり役で上手に演じているが、主役ではない。                                             この映画の主人公は、この地フォートマスを中心とした「西部」の地である。米国は広い、その中で開拓時代、温暖風光明美の土地ばかりであった筈もなく、気候の面でも灼熱の砂漠もあれば、寒冷の山間もあった訳で、その地域差、季節感の出ている西部劇となった。遥か昔、見た映像の刺激は強く、裸で出てくるインデイアンばかり印象に残っているが、南の地ばかりが開拓の対称となった訳ではないのだ。この映画のオフィシャルサイトは大変充実していて(http://www.truegritmovie.com/intl/jp/)、その細字に苦労するが興味深く当時の事情を説明している。引用すると、時は1879年当時38州であったがそのオクラホマ州フォートマスが舞台であり、文明化を西に向けて進めていたが、この地は当時最西端にあり、さらにその西は「無法」「無神」であり原住民領であった、そして後には都市の奥深い一角が例えば「カスバ」や「九龍城」がその役を担ったが、当時では、この地に犯罪者やならず者が逃げ込み、追手から逃れる場所となった。当然その者たちを追う「レンジャー」「保安官」「賞金稼ぎ」の溜まり場ともなった。様々な近代文明が西を目指し、それは機関車や、武器、ガラス窓、経済活動であったりするが、法整備が追いつかない、その土地それぞれで見合う法律が作られるが、それは白人中心であり、原住民や移民者には差別されたもので、縛り首の原住民には弁明の機会も与えられず、保安官も中国人の子供を何の躊躇いもなく殴り飛ばす、現在の米国社会に通ずることで、強い者が社会を引っぱてゆくのだという主張と、その歪みを正そうとするキリスト教(原作には度々当時のキリスト教関連の組織の話が出てくる)を背景にした、そんなに単純なものではないだろうが、強烈な民主主義とのせめぎ合いが、以降の米国社会の歴史となるのだろうか?

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